いいんだ、こうなっちゃったのなら

数日、落ち込み悲しんでこちらブログにぼそぼそ記したが、まあ元来「人生楽しく」とか「友人と楽しく談笑」とか、そういう喜び関連とはあまり縁がなかったわたしだ、無駄に後悔したりはせぬよう生きたい。

寿命が尽きそうというのは、まああまり悲しくはなく、どんどん呆けて身体も解体しちゃえばいいやとは普通に思う。「その時が来たらしいがでもすぐ駄目になりそうにない」あたりに違和感があり、また母を見るに「駄目になりかけてからがけっこう長く、いろいろ面倒そう」となり、「二人して面倒な状況だと下手して面倒なままもっと面倒な人の面倒見ないといかんのか」と、面倒多様の構文でいかねばならない。

もちろん順番に寿命とはならぬし、だからといって今の母、今後の母が私の面倒見るなんて場面は想像できず、だったら考えるだけ無駄となる。隣家すむ妹。そちらに面倒事をお任せしちゃえばいいんだが、そううまくいくかな?何だか怖い妹で、死にかけてんのに面倒事ふられそうな、最悪な最期を想像しちゃう。

施設に入所し、そこで死にたいか。母の具合次第ではそんな展開もありかもだが、わたしが何か画策もできないだろうし。自然体で目の前の作業はこなし死の日を待つなんてあまりに月並みな、今日の結論か。本当にこの程度の文章しか書けないなあ。

画像はチョット小さ目買い物袋。これからご近所スーパーまで行きます。