子どもの日、わたしは母の子

なので母が存命なのでわたしも「子どもの日」を祝ってもらわねば。本日、先ほど妹が訪ねてきて、昨日あたり結構うちのことなど悪しざまに言い放っていったので、警戒したけど、あちらなりの和解ってか「休戦ラインの確認」みたいな会話が進んだ。

わたしが交通事故起こして入院中、体調不要だったにもかかわらず、わが家のこと母のこと、入院中のわたしのこと、事故処理だのの面倒事をみな背負わされた妹だもの、ここで見回せば、当事者であるわたしの不出来なボンヤリ振りなんぞが昨日は気に障ったことだろう。

記憶力の著しい低下、いま現在していることが分からなくなる思考力や判断力の低下、常に幕が張られたみたいな頭の状態など、わたし自身「こりゃ普通じゃない」と判断し、たぶん妹もそう分かっていると思うが、ならそれはそれで苛立ちもするだろう。

客観的な判断をと、新潟みどり病院で検査を受けているがどんな診断が下されるか、今月末まで不明というスケジュールで、それまでに痴呆が進化せぬのか、オツムが壊されないのかが心配。

リハビリ外来で診てもらわねばならぬことではないのだが、お菓子の選び方になんとも悩まされ、その結果ハズレばかりが増え続けているわが家の茶箪笥。何よりも困惑が、いま現在わが家の経済状況からすると、どの程度のレベルのお菓子を購入すべきかが退院以降、なかなか見えてこないこと。

ブルボンだ森永だのビスケット類の菓子、柔らかくて旨いのと硬いだけのビスケット、選びきれずに、失敗だなと幾度もしょんぼり、もちろん1か月分の家計簿見てからもう一度、しょんぼりもあるだろうし。チラシをきちんと見ていても買い物に行くと反映できず、それはでも病気のせいに出来ないかも。画像は当面、わが家の庭の濃い緑を。