「置換計画」ブログ、不要なスレッドを削除する

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一昨年5月に、旧友や知人とともにフェイスブック中のチャット機能を使い「こころのこゑ」というタイトルで参加者が短歌や俳句の見せ合い誉め合い貶し合いをしようと約束。そのうち続かなればその時のことと気楽に考えていたが、1年半過ぎ今のところ、なんとなく続く→というより、わたし一人が日々短歌作品一首づつの発表を止めぬので、消滅できない…が他のメンバーの本音かもだが。

最初の半月ほどは、辛く肩が重く発表するのが恥ずかし批評が気になりの作品作りだったが、そのうち水原紫苑という女流歌人を角川「短歌」誌上で知り、わたしが目指している短歌を表現できている人なんだなと感し、嬉しくなって歌集も購入し、自作の手本、導きとしてきた。

edgeofart.jp

本歌取り」では作者に叱られる、インスパイア作品といえばいいか、エピゴーネン・模倣といわれても「似てるといわれれば嬉しい」と本気で思えるほど心酔している。最初に真似した作品はこんなです。

百済観音おそらくわれを忘れたまひ生くるほかなきうつそみは瀧

  歌集「如何なる花束にも無き花を」中「雀の車」より

  本歌取りはこんなに

救いなどないとはいわず「生まれすぐ死ぬ虫もあるのだ」水を撒いている

 

お師匠さんの短歌作品は膨大にあり{歌集は10冊以上)、日々数首ほど模倣しても生涯追いつけぬが精進する甲斐は大いにあります。チャットは続いているが、過去の作品がどんどん埋もれてしまい、物理的に自分の作品を顧みることができぬので、自作を並べたブログを「はてな」に置いた。

ブログタイトルはエヴァンゲリオンの「人類補完計画」から拝借して「補完計画」(現代短歌から外れてるけど補完できれば)とするつもりだったが、補完も無理だと諦め「置換計画」と開き直った。

チャット開始から1年半、ブログ開設から1年3ヶ月。ほぼ誰も訪れず備忘録として機能しているが、なんだか無駄なスレッドが増えてしまった。チャットで発表した作品の他に、雑誌発表された水原紫苑作品に自作を並べ、発表作の修正時に直した箇所を示し、またアドリブ作品を推敲なしで並べたり…作者として必要と考え、わざわざのスレだがまあほぼ見返しはせず「無駄だな、無意味だな」と感じていた。

水原紫苑の歌集、雑誌掲載作品などの「本歌取り」は順調だが、もちろん全て発表とはいかず反故とするには未練があるという「作品未満」は、PCメモ帳や、GoogleKeepに保存してあり、だから「置換計画」で失敗作みたいなものを表示する意味はない、新年であり(章建てを変更した)、チャット掲示作品が700作を越え、無駄を省こうと本日決意、決行しましたので、こちらに記しておきます。

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