母のディサービス

毎週土曜は母のディサービス。新潟に帰ってきた21世紀初頭、わたしはヘルパーの資格を取って、介護施設で2年弱ほど働いたものです、夜勤の経験はなくまた入所者の死に立ち会ったこともない、ラクチンな現場でしたが、それでもまあ耐性はついたか。

新潟に帰ってきた理由の第一は「父の介護」で、でも結果的に母の仕事だったな父の世話は。もちろん世の中はそういう仕組みで動いているし、その時の資格は現在の母の介護に、まあ少しは役立っているので、無駄ではなかった。

但し、まさかわたしがこんな風に認知症寸前→軽度認知障害となるとは思わず、下手したら母から介護してもらうケースもあったぜ。母の介護しているわたし的には、現在週1訪問看護、週2訪問入浴、週一ディサービスを改め、週2ディサービスで残りを考えるみたいがいいかなと、今月ケアマネさんが来られるのでそちら提案してみよかとも。

新潟は熱いまま、母がディサービスに出かけたので勇んでエアコン入れたんだが、この安楽感も母が帰って来るまでのこと。いったいどんなトラウマが冷房装置にあるのか母は。

わたしだって認知症寸前で、だったら秋に判定でわたしも入所とかディサービスとかの人になるかも。いいですねそれも。